四月三日お昼頃　電車に乗る。風は強いが快晴。車窓から中央線沿線を眺める。 民家の間のいたるところに薄赤い雪が積もったような桜の花が見える。それから長野新幹線に乗る。 埼玉辺りまで桜が咲き誇っている。この一時　一年のうち一週間が桜の出番である。 普段は目立たないけれど日本の町並みは桜で埋め尽くされている。 民家の庭の片隅や道路際や川べりに数多く生えている。春のこの一瞬にその存在を鼓舞する。 たぶんいつも咲いていたら誰も関心を示さず飽きられてしまうだろう。 一瞬にして満開となりそしてハラハラと散っていく。たぶん日本人の感性に合っているのだろう。 こうして春の一瞬が過ぎ去っていく。長野に入るとまだ蕾も見えない程だ。 その後　仙台にいくがここも東京から比べると一二週間程遅いようだ。
　五月になると新緑の季節、若々しい瑞々しい葉が太陽に当たってキラキラと輝き始める。 山や森は新しい命に溢れる。実に美しい。
　私は電車の窓から移り行く大自然の黙劇をちびちびと酒などきこし召しながらゆったりと眺めている。 この感動が無料で味わえる。
姦しいおばちゃんグループがどうでもいい話で盛り上がっている。 若者は耳にヘッドホーン着けてこれまたどうでもいい音楽に没頭している。あるいはまたゲームか携帯に夢中である。 こいつらみんなアホである。そんなどうでもいい個人の楽しみなんか放り出せ。そんなものはいつでも出来る。 今しかない、そして人間の手では作り出せない大いなる感動にどうして目を向けられないのか。 やっぱ　こいつらアホである。
　で　四月五日に予定していた「極めて個人的な花見」は前日からの雨で中止となった。 このところいつもタイミングが悪い。早すぎて疎らな花を見るか、遅すぎて感動が薄れるか。 この絶妙のタイミングが合わなければ花見は盛り上がらない。 時には曇天　そのうち小雨が降りそうな状況の中で「やるかやらないか」最後の決断を迫られる。 私は濡れそぼたれても決行しようと思うが参加者にはそれほどの情熱がないようだ。そして毎年　思ったよりも寒い。 思い出す限りいつもそんな調子だった。今年は花見を断念した。 たぶん平日の午後　酒を飲んで浮かれ、勤労一般庶民を馬鹿にした罰が当たったのだ。 あるいはまた参加したくても仕事に拘束され参加出来ない社会人達の恨みつらみ　怨念がそうさせるのだろうか。 来年はどうだろうか。快晴で春風が棚引く満開の桜の花の下で幸福感に浸りながら美味しい酒が飲めるだろうか。 いずれにしてもまた一年待たなければならない。 一年待つと言う事は一年年を取ることであり、その分じじいになっていると言う事である。 桜に想いを託すと言う事はそういう事である。みなさんも一度考えてみたら。

　「善福寺公園ピクニック」は五月三日の二時からです。 詳細は案内状を作りますのでそちらをご覧ください。四月の罰あたりの花見と違い、こちらは健全一般市民用です。 皆さん、こぞってご参加の程を。地方人大歓迎。といいつつも東京教室の生徒もほとんど地方人だけど。
　五月二十九日はＪＩＮの春のリサイタルです。杉並公会堂小ホール。開場１９時１５分、開演１９時半となります。 搬入開始１８時からですから、本番まで一時間十五分しかありません。舞台を作って音響と照明を調整するには 余りにも時間が足りませんが、この時間帯しか会場を確保する事が出来ないため、皆さんにはご迷惑をおかけします。 何とか頑張って下さい。とにかくこの時間帯でも会場を確保できただけでも上出来なのです。
一応、状況を説明します。杉並公会堂の小ホールは一年前から受付開始です。つまり一年前に申し込みをしないと いけないと言う事です。今年で四回目か五回目になりますが、立て直した直後はまだ世間に情報が広まってなくて 借り手もそんなにいなくて比較的確保しやすかったのですが、三年目ぐらいから希望者が殺到するようになりました。 空き時間が極めて少なくなり競争率が高くなったのです。
　例えば来年の五月に使用希望としますと今年の五月一日に抽選がありますので、それ以前に申し込みをしなくてはなりません。 一応杉並区在住の者が優先となり、五月一日の十時に抽選会場に出向く事になります。 ところが既に主要な土日は区主催の催し物で埋まっていますので、土日の空き時間の対象は半分くらいになります。 一日は朝の部、昼の部、夜の部と三つに分かれています。その枠を巡って戦いと駆け引きが始まるのです。 例えば今回は３０組の申込者がいたとしましょう。みんなが籤を引いて番号の若い順から希望の時間帯を取って行く という方法なのです。申し込みが早いからと言う事ではないのです。その月の利用希望者は一律同じ権利なのです。 第二土日と第四土日の枠が利用可能だとしましょう。 一番の籤を引いた者を自分達の都合に合わせてその希望を叶える事が出来るでしょう。 二番三番くらいまでは何とかなるでしょう。そのうち土日の枠がいっぱいになってしまいます。 私も何度か籤引きに参加しましたが運が悪いのか、日頃の行いが悪いのか大体いつも３０人中２８番目くらいに なってしまいます。普通はそこで諦めるのですが、私は諦めずに最後まで残っています。漁夫の利を狙っているのです。
みんな大体、二コマ取りたいようです。例えば朝の部とそれに続く昼の分。 朝の部でリハーサルをやって、昼の分で本番。見ていると大体が素人の集団。アマチュア演劇とかママさんコーラス隊。 何年かに一度、自分達の発表会の場を持ちたいと願っているような集団が多いようです。 暇とお金はありそうだから、二コマ連続して確保したいようです。 例えば一番籤を引き当てた団体が第二週の朝と昼の部を運よく確保出来たとしましょう。 でもかれらは夜の部に対しては興味がありません。と言う事で、その日の夜の部は空白となるのです。 ５番籤を引いた者も同じな考え方としますが、既に希望の土日は空きが無いので諦めなくてはなりません。 ずっと見ていると１０番目くらいからは希望の日程が取れないと思い、席を立ち始めます。 ２０番から２５番くらいはしばらく様子を見ていますが、無理だと思っていなくなります。最後にはひとりふたりです。 「はい、２８番、中村さん」と呼ばれます。ようやく私の出番です。「もうほとんど空きはありませんが」 妙に事務的な担当者が「何でお前残ってんだ」みたいな顔つきで私を見ます。 そう言えばこいつら、段々と手際が良くなり無機質になっていく。抽選は十一時ぴったりから始まる。 三十代くらいの冴えないおっさんが全体を仕切る。こいつには特別な権限が与えられている。 たぶん世間的には普通のおっさんだろうが、ここにきて人の運命を司る立場にたまたまなってしまった。 どうせ女にはもてないくせに、ここでは全てを仕切る神様だ。何年間か見ているが段々と要領が良くなっている。 極めて機械的にかつまた流暢に集まった者に段取りを説明する。そして籤引きが始まる。 当たった者、外れたものの悲喜劇は一切無視してその時ばかりはゼウスになる。しまった。あまり悪く言うのはやめとこ。 口は災いのもとである。あのおっさんが隠れＪＩＮ通信の愛読者でこんな事を私が口走っている事が知れたら、 次の抽選の時に意地悪されてしまう。
　まっそんな事はどうでもよくて、抽選に漏れても誰も興味を持たない一コマを最後に私が拾うと言う事である。 インド音楽の良いところは基本的にはぶっつけ本番であるところだ。音楽的な打ち合わせは必要ない。 段取りとしては舞台を作り、マイクを設置しバランスを調整すると言うだけで済む。 ただ拘りの「発掘島田」はもっと時間が欲しいと言う。今回は「ひらきなおる子」がもしかして技術的な事をやり、 もしかしたら隠れドＭの島田は若い娘にこき使われてヒィヒィ楽しそうにしているかも知れない。 この会場は照明も操作できるから良い雰囲気を作りたいものだ。最近は４０年前に瞬間在籍していた某Ｎ大学の 某Ｇ学部の若手がやってくれるので、その辺はお任せしている。その橋渡しをしてくれたのは某ＴｏｓhiＭと言う、 サンタル人の愛人を欲しているおっちゃんだ。持つべきものは友である。 と言う事で晴れて何とか漁夫の利で会場を確保するに至った訳です。
　皆さんには「チケットを売ってね」とか「お友達を誘ってね」なんて事はもう期待しません。 君達には二十年も騙されてきたのだ。友達もお金もない事は分かっている。 だから何も期待しませんが、せめて当日お手伝いに来なさい。この日ばかりは必至に働きなさい。 それも出来ないコはせめてお客さんで会場に現れなさい。と言いつつもすでに「あっその日、私の結婚式だ」と言う 裏切り者も既に現れている。
話が長くなったけど、要するに五月二十九日はリサイタルをやりますと言うお知らせでした。 お手伝いもよろしくと言う事ですが、少々新人も入会した事だし、彼らの誠意と情熱と人脈に一縷の望みを託しましょう。
いつもの事ですが案内状の出来上がりはぎりぎりとなるでしょう。今回のテーマは「帰去来」です。何だよ、文句あるんかよ。
　それで上半期の「出たがり生徒の発表会」は今のところ六月十九日を予定しています。 あっその前日はＪＩＮの誕生日だかんね。忘れた奴は許さんぞ。何歳になるのかはホントに知らん。 そこで一つお詫び。前回書いたカルカッタの空港、ダムダムの愛称で呼ばれていたが正しくはNetaji International が正しい。何事も知ったかぶりは良くない。

『春の目覚め』
　二月半ばの事だった。インドに行く前にＪＩＮ通信の原稿を書き上げて担当者に渡そうとしたら、 遂に！ワープロが壊れてしまった。呼び出しもプリントアウトも出来なくなった。完全にお手上げである。 また新たに手書きで書きなおしている余裕はない。と言うよりもその時の思いつきで書いているから、 二度と同じものが書ける訳ではない。
　幸いにももう一台、ワープロが手元にあった。同じ会社の同系統の機種である。こちらは既に調子が悪かったので、 使ってなかった。壊れた部分は電源が入らなくなった単純な故障だと思い、 古い方の部品をつなぎ合わせて何とか動くようになった。
　騙し騙し使っていたが遂に本格的に壊れてしまった。 それを無理やり作動させようとしたので、今度はデータの詰ったフロッピーが壊れてしまった。迂闊だった。
　雑文が幾つか保存されていたが一番の痛手は生徒の住所録が消えてしまったと言う事だ。 二三年前の名簿はあるが、今回は新人の名前が消えてしまったのだ。大変な痛手である。「バックアップしとけ」ってか。 何かあった後にはみんなそう言う。
言っとくけど私のワープロはパソコンではない。今ではほとんど見る事もなくなった幻の単品の「ワードプロセッサー」である。 馬鹿にするんじゃない。文章書くだけならこちらの方が使い勝手がいいのだ。
　うちにはほとんど低能扱いされる骨董品のパソコンがある。私はメールをやり取りするか交通機関の切符を予約する以外に パソコンの用途を知らない。間違ってもネットオークションや出会い系を開く事はない。因みにメールはパソコンでしか出来ない。 携帯電話にもメール機能があるらしいが使い方を知らないし興味もない。携帯のメールが出来なくとも不便な事が一つもない。 だから意地でもやらないだろう。
　本題に戻ると、うちのパソコンにワープロ機能を繋ぐと重たすぎて動かなくなる。
パソコンのワープロ機能で文章を打とうとしるとどうなるか。まず電源を入れる。起動するまでにしばらく時間が掛かる。 それでごちゃごちゃキーを押して色々と設定してようやく文章が打てるようになる。大分、時間と手間が掛かる。 それにパソコンは持ち歩けない。ノート型はあるがプリンターがついてない。
その点、ワープロは電源を入れると即座に作業を始められる。そこにでも持ち歩ける。 作業を一時中断してもすぐにその時点から再開出来る。
みんな馬鹿の一つ覚えのようにパソコンを崇拝するが、ある点ではワープロの方が優れているのだ。お前ら、アホちゃうか。
　こんな優れモノが既に時代の遺物となってしまっていると言う事は人類とはまさにアホの集団である。猿よりも劣る。
　そのうち買い替えなければと思ったが、実はもう店では売っていない。企業も作ってない。 出回っているのは数年前の売れ残りだ。部品もなし、修理もなしとなるとまさに絶滅したのと同じだ。 一昔前のビデオカメラも同じ運命をたどった。一社くらいはまだ作っているかもしれないが、とにかく誰も買わない。 デジタルビデオカメラの方が軽くて数段性能も優れているから何を好き好んで旧式を購入するかと言うところである。
ところが以外にもまだかなりの需要がある。それはなぜか。 昔撮った８ミリビデオテープの再生保存用である。今さらそのカメラで撮影することはないが、 再生装置がないと昔の映像は見る事ができない。私も長いことテープ式のカメラを使っていた。 色々と大切な映像がそこにはあるわけだが再生装置がないと無意味だ。 カメラで再生してビデオに繋ぎ、それをＤＶＤに起こすという作業中にカメラが壊れた。 今更新品を買うつもりはなく、ネットオークションで調べて貰ったら（自分ではやらない。やり方も分からない）、 結構の数がまだ出回っていた。再生機能だけの安物でもいいやとけちったら、どれも使いものにはならなかった。 始めから不調のものもあったし、すぐに壊れたものもあった。まさに「安物買いの銭失い」「貧乏人の子沢山」 「武士は食わねど高楊枝」である。一応必要な作業は完了したから、 これからは８ミリビデオカメラのお世話になる事はないだろう。が、やっぱり一台くらい手元に置いておきたい。 再生だけ出来ればいいので誰か持ってたらちょうだいな。

　うちの教室の教材は音声は「テープ」です。カセットテープからはＣＤに起こす機械はあるが高いので買えない。 パソコンでのやり方もあるらしいが、わしも馬鹿だしパソコンも馬鹿なので到底うちで出来るとは思えない。 誰かやってくれたらいいけど。福岡の「レオナルド熊」は教材をテープで渡すと私をまるで原始人のような目で見る。 よほど下等に見られているらしい。と言う事で、等分教材はテープです。持っていない人はテープデッキを買うように。 聞くだけなら二三千円くらいであるでしょう。それをけちる愚か者もいるけど。 映像は基本的にはビデオテープ、どうしてもだめならＤＶＤにする事は可能です。 一昔前はビデオデッキは必須器材だったのに近頃はデッキもテレビも持ってない人が多い。全部パソコンで賄えるらしい。 時代は刻々と変化している。
　テープも最近は入手困難で家電では僅かしか売ってない。そこでネットで探して大量注文している（済みません、 お世話になってます）しばらくはこの方法でやる。 この世で最後のカセットテープが無くなるまではこのやり方ですのでご了承ください。

　ワープロが壊れて初めて事の重大さに気付いたのだが、ＪＩＮ通信の原稿やら住所録やら生徒の名簿やらは すべてフロッピーに保存されている。それが全部取り出せなくなると大変な事になる。 それにもまして私の「自称小説」の２０作ほどの原稿はすべてフロッピーの中にある。 これが取り出せなくなると人生最大の危機と失意である。何千時間の努力が無駄になってしまう。 創作の熱意が消滅してすぐにでも「しょうもないじじい」になってしまうだろう。 幸いにしてネットで探せばまだ手に入るようだ。手遅れになる前にやらなければならない。 花見だ、月見だと浮かれている時間はない。機械に頼るのは恐ろしい。人間を当てにするのはもっと恐ろしい。 一瞬にして消えるデータの時代となっていく。　アナログ時代が懐かしいＪＩＮ